新シリーズ第5回「社会と統計調査」

統計学の初心者が引っ掛かりそうな罠や、普通の実務書にはあまり書かれていないコツをとりあげる新シリーズ。 今回は、統計学の歴史をさらにたどり、フィッシャーの統計学より以前の出来事から統計学の重要性をお話しします。

やさしい統計学講座 ~教えて朝野先生~

R&D技術顧問 朝野熙彦(中央大学)

第5回 社会と統計調査

Q.統計学は実務の課題を解決するために生まれたんだという話を聞いて、ほんの少し統計学に興味がわいてきました。前回は20世紀前半のフィッシャーの活躍の話だったのですが、フィッシャー以前の時代にはどういう出来事があったのでしょうか。

A.(朝野先生) それでは統計調査の歴史を振り返ってみましょう。統計調査がいかに重要なのかが分かると思います。

■統計調査は文明と同時に始まった

図1 メソポタミア

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 世界の4大文明の中でも最古の文明がメソポタミア文明です。チグリス川とユーフラテス川下流の沖積平野にバビロニアが位置します(図1)。この地域特有の自然環境が、大勢の人が定住し職能が分化したシュメール人の都市国家を生み出したのです。紀元前4千年から3千年にかけての出来事でした。
 ウルの遺跡から楔形文字が書かれた粘土板が出土しています。葦で粘土板に印を付けて竈で焼いて保存資料にしたものです。これこそが現存する世界最古の文書です。書かれた内容は、ほとんどが統計調査の記録でした。人口、大麦・小麦、羊、ロバの数量を記した記録が数十万枚の粘土板の形で残っています。
なぜメソポタミアで統計調査が生まれたのかというわけを図2にまとめました。

  • ①沖積平野は土地が肥沃になるので穀物が育ちやすい
  • ②夏季は降雨が不足するために川の水を畠にひく必要が生まれた
  • ③灌漑のインフラ工事のために人々を集団労働させる必要が生まれた
  • ④人々に労役と献納を要求する根拠として古代の宗教が生まれた
  • ⑤そのために生まれた専門職が神官、土木技師、鍛冶屋そして官僚だった
  • ⑥確実に徴税するために個人に名前をつけて識別する必要が生じた

 つまりシュメール人が人名と文字を発明したのは学術や芸術のためではなく徴税のためであり、粘土板は徴税台帳だったのです。前年の納税実績が残っていれば今年の徴税に便利ですからね。粘土板を焼いて保存したのはそのためだったのです。
 食料の大量生産があってこそ余剰食糧が生まれ、その貯蓄と分配が可能になります。最古の文明で徴税官僚が生まれたという歴史は興味深いものです。歴史時代は文字の使用で始まるのですが、官僚が現れて税を集めだしたら組織社会が始まったと判断してよいのでしょう。

図2 文明社会が生まれたメカニズム

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■為政者のための調査から市民のための調査へ

 次のような統計調査も行われました。

  • 紀元前3000 年頃エジプト、ピラミッド建設のための統計調査
  • 紀元前20世紀、殷王朝の国勢調査
  • 紀元前5世紀、ローマ帝国で5~10年ごとに人口調査
  • 紀元前309年頃、アテネで人口調査
    市民2万1千人、外国人千人、奴隷40万人!

 いずれも使役できる労働者と徴収できる農・畜産物、という為政者にとって必要な情報を得るための調査でした。中世のヨーロッパでも、徴兵可能な人数=国力という意味から国勢調査が行われました。
 このように統計調査は古代から中世までは為政者のために行われました。しかし17世紀くらいから行われるようになった伝染病の統計調査は疫病対策に必要なものですし、出生・死亡統計も生命表を作るうえで必要です。もし海難事故についての統計がなければイギリスのロイズ組合の損害保険など成り立たなかったでしょう。次第に市民のためそして産業界のための調査も増えてきたのです。
 ただいずれにしても調査は対象を全て調査することをベストとする、という理念を共有していました。対象を100%悉皆調査できれば一番正しい、それが無理でも大規模なほど望ましい、という考え方です。このように19世紀までの統計調査は大標本主義をとっていました。「大きいことはよいことだ」という素朴な信念が本当に正しいのかという疑問は、古代から近世まではあまり真剣に論議されてこなかったようです。
 大標本主義に対して、データは精密に取得することが肝心なのであって、小数であること自体は悪いことはない、というのが第4回で紹介したフィッシャーの精密小標本論だったわけです。彼の理論は20世紀の実証科学に大きな貢献をはたしました。

【今回のまとめ】

  • 統計調査は文明と共に始まった
  • 調査は為政者のための調査から市民のための調査に広がった
  • 19世紀までの統計調査は大規模調査をよしとした

《朝野煕彦教授 プロフィール》

1969年 千葉大学文理学部卒業後、マーケティング・リサーチ実務を経て、1980年埼玉大学大学院修了。筑波大学特別研究員、専修大学教授、東京都立大学、首都大学東京教授を歴任。現在、中央大学客員教授、日本行動計量学会理事。「マーケティング・リサーチ プロになるための7つのヒント」「入門 多変量解析の実際」「ビッグデータの使い方・活かし方」「アンケート調査入門」「マーケティング・サイエンスのトップランナーたち」など著書多数。
株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメント技術顧問。

朝野煕彦

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